DHC-オンライン講座 英日翻訳基礎演習コースこのコースの添削課題はLesson 2,Lesson 4,Lesson 6の最後にあります。添削をご希望の方は,講座ご紹介ページからこの講座の詳細をご覧の上,受講をお申し込みください(税込15,750円)。受講生の方は,すべての講座の広告の入らないPDF版のTextbookを受講生専用ページからダウンロードできます。
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Lesson 1 人称代名詞「英文和訳から翻訳へ」がこの講座の最大のテーマです。「はじめに」に書いたように,これ以降の各Lessonでひとつずつ,合計6つの事柄に焦点を絞り,皆さんに実習していただきます。 Lesson 1ではまず,「英文和訳」と「翻訳」の違いが比較的わかりやすい形で表れる人称代名詞(I, you, he, her, it,they,theirなど)の訳し方について検討してみましょう。英文和訳の課題ならば,youは「あなた」,heは「彼」,sheは「彼女」といつも訳していればよいのですが,それでは「翻訳」になりません。どう訳すかの基準は,「その内容を日本語で表現したときどう書くか」です。 STEP 1 代名詞の省略簡単な例を見てみましょう。
例文1 パソコンのソフトウェアの取扱説明書(マニュアル)などで,このような文章をときたま見かけますが,これだけ「あなた」を連発されると,ほとんどの人が「うるさい」と感じるのではないでしょうか。 次に,この文章を書き換えた例を読んでみてください。
例文2 例文2は例文1から,「あなた」に関係する部分をすべて削除したものです。まだ,いくつか直したい点はあるかもしれませんが,例文1に比べると「うるささ」はだいぶ減っているはずです。 英語の文には原則として必ず主語があります。しかし,日本語ではそれが明らかな場合,誰がすることかは明示しないのが普通です。主語を明示したことによって,かえって奇妙な印象を与えてしまう場合も少なくないのです。たとえば,例文1では,「あなた」がたくさんあるために,「うるさい」という余計な感情(違和感)を読者の呼び起こしてしまったわけです。 次の例を見ましょう。 When I am happy with the result, I will send it to you. まず,「be happy with 〜」は,「直訳」をすると「〜とともにあって幸せである」「〜について幸せに感じる」ということですから,「〜で納得したら」とか「〜で満足したら」といった訳でよいでしょう。それ以外には特に難しい表現はありません。 訳例1と訳例2の大きな違いは,先ほどの2つの例とほぼ同じで,人称代名詞の訳出を省略したかどうかです。この2つのどちらが自然な表現でしょうか? それを判断する基準は,「同じ状況に立たされたとき,普通はどう言うか」考えてみることです。たとえば,次のような状況を考えてみてください。友達の誕生日に自作の置物を送ろう思って一所懸命作っています。でも,なかなかうまくできません。そこへその友達から電話がかかってきます。「今,がんばって作っているのだけれど,うまくいくかどうかわからない。......」。この「......」の部分に入れるとしたら,上の2つのどちらを選びますか? 「私はあなたにそれを送ります」とは絶対言わないでしょう。友達を相手に話すのでしたら「うまくできたら,送るね」といったところになるかもしれませんが,2つを比べたら訳例2の方がはるかに近いはずです。 訳例1の表現は,単に原文の単語を訳語で置き換えただけの「死んだ表現」です。その言葉が発せられた場面が思い浮かぶような「生きた表現」にはなっていません。生きた表現にするには,自分が今までの人生で頭にためてきた語彙や表現の中から最適なものを引っ張り出してくる必要があります。辞書に列挙されているのは,魂のこもっていない仮の言葉ばかりなのです。その言葉に魂を入れるのは,あなた自身の力です。 原文にある単語に対応する訳を省略してしまった方がよい場合もあります。すべては,日本語にしたときにどういう印象を読者に与えるか,どういう情報を読者に提供するかで決まります。youなどの人称代名詞の訳語の決定についても同様です。日本語の文章には,「文脈から明らかなことは書かない」という暗黙の了解があります。この了解を無視して,いちいち主語などを明示すると,「うるさい」感じの文章になってしまうのです。 次の例も,代名詞の訳を省略した方が自然な訳文になる例です。 This software reminds you to take periodic breaks while using your computer. 訳例1のように「あなたに,あなたの」と連発されると,とてもうるさく感じられ,内容に集中できなくなってしまいます。訳例2のようにすれば一応合格でしょう。さらに,ひとひねりして訳例3のようにしてもよいかもしれません。ただし,このようにしてもよいのはこのsoftwareの動作を知っていて,休むようにメッセージを表示するものであることを自分(翻訳者)が知っている場合に限られます。 なお,computerの訳語としては「コンピューター」と最後に長音符号の「ー」を付けるのが一般的ですが,パソコン関連のマニュアルなど,技術系の翻訳では「コンピュータ」と最後の長音をとるのが普通です。このように,分野によって訳語の表記を変える必要がある単語もあるので注意が必要です。 ところで,翻訳作業中はずっとパソコンとにらめっこをすることになります。たとえば,上のような道具を使って定期的に休憩を入れるようにしましょう。若いうちから「体の保守・点検」をしておかないと,翻訳という仕事を長い間続けられなくなります。 さて,少し脱線気味ですが,コンピューターを使って行うオンライン講座ですので,上で登場したsoftwareの訳語について,もう少し細かく検討してみましょう。すでに登場した「ソフトウェア」と「プログラム」は日本語ではほぼ同義の言葉ですが,厳密に言うとソフトウェアの方が少し大規模なものを含む印象があります。ここで登場しているような「ちょっと気の利いた道具」的なものを「ソフトウェア」と呼ぶのは違和感があるかもしれません。その点を考慮して,訳例3のように「プログラム」という訳を採用すればこの問題を避けられます。 「ソフトウェア」や「プログラム」のほかに「アプリケーション」という言葉も似たような意味で使われます。この3つの言葉は,いずれもコンピューターの機械(目に見えるもの,ハードウェア)ではなく,コンピューター内部で行われていることを概念的に(抽象的に)表現する場合に使われます。 日本語に翻訳する場合,次のように訳しておいてほぼ間違いはありません。
しかし,上の例文のようにsoftwareを「プログラム」あるいは「アプリケーション」と訳した方が好ましいと思われる場合があることも事実です。このような現象,つまり英語の単語の示す範囲と日本語の示す範囲に違いがある単語があるという現象は,どのような分野の単語についても見受けられます。 この3つの単語の中では,アプリケーション(application,「応用ソフト」とも呼ばれる)の示す範囲が一番狭いでしょう。アプリケーションはワープロとか表計算とか,お絵かきソフトなど,具体的な仕事(作業)をするために作られたもののことを指します。上の例文に登場したような「ちょっとした道具」もアプリケーションですから,次のように訳してもよいことになります。
訳例4 アプリケーションと相対する言葉としては,「システムソフトウェア」と言われるものがあります。Windows,Mac OS Xなどのオペレーティングシステム(operating system,略してOS)がその代表です。また,スキャナとかプリンタなど「周辺機器」を処理するためのプログラムも含まれることがあります。「システムソフトウェア」は具体的な作業というよりは,コンピューターを利用する上で基本的な機能を提供するために書かれたプログラムの集まりのことを指すわけです。 システムソフトウェアもアプリケーションもソフトウェアの一種です。そして,すべてのプログラムはソフトウェアと言ってよいでしょう。こうしてみると,ソフトウェアが一番広い概念だということになりそうです。しかし,ソフトウェアもその構成要素を見ればプログラム(の集まり)であることには違いがありません。逆に言うとプログラムはソフトウェアを含む概念のようにも感じられる面があるわけです。 さらに,アプリケーションはプログラムには違いないのですが,「プログラム」というと少し小さめものの印象があるのに対して,アプリケーションと言われると(何万行にも及ぶ「プログラム」を書いてやっとできるような)大きなものという印象もあります。 ややこしいのは,時としてこの感覚が人によって少しずつズレていることです。私の感覚は上に述べたとおりなのですが,コンピューターの専門家でも「私は少し違う」という人がいるかもしれません。 さらにややこしいのは,英語の場合,同じ単語を使える場合でも,繰り返すことを嫌って,わざと同じような意味をもつ違う単語や表現を使う場合があることです。たとえば,同じアプリケーションに関する説明で,英文では最初にapplicationという単語を使っていながら,後で this softwareなどと言い換える場合があるのです。日本語では最初に「アプリケーション」としたものを途中で「ソフトウェア」と変えてしまうと,別のものだと考えるのが普通ですので,あとで登場したthis softwareのsoftwareを「ソフトウェア」と訳してしまうと読者が別のものだと誤解してしまう可能性があります。日本語では,このようなケースでは「アプリケーション」あるいは「ソフトウェア」のいずれかで統一しないといけません。 何がなんだかわからなくなってきたかもしれませんが,ここで重要なのは次の2点です。
この意味からも,単に辞書に載っている訳語だからといって,それをそのまま採用してはいけないと言えるわけです。 訳してみましょう
Once you1) start paying attention to prices it's very hard to pass up a good deal. I 2) do not waste food but I2) do stock up a bit more than I2) need to at times. And when my neighbor who was moving away offered me a free freezer, my friends and family just shook their heads and said "Oh, no!" Yes, it's stocked up too. (Organizing Tips by Ellen Lawson Ferlazzo, CheepCooking.com -- http://www.cheapcooking.com/organizing.htm) 語句
あなたの訳
訳例値段にこだわり始めると,「お買い得品」を買うのをぐっとこらえることがたいそう難しくなるものだ。私の場合,食べ物を無駄にすることはないが,時々食材を少しばかり仕入れすぎることがある。近所の家族がよそへ引っ越すことになって,食材どころか,なんと冷凍庫をあげようと言ってくれたことがあった。家族も友人も首を横に振って「えっえ〜,だめだめ!」と言ったが,もちろん,これもしっかりちょうだいした。 解説
STEP 2 人称代名詞の置き換え ― 名詞への置き換え英語の文章にyou, he, she, itなどの人称代名詞が現れる頻度と,日本語の文章に「あなた」「彼」「彼女」などが現れる頻度を比較してみると,明らかに英語の文章に現れる頻度が高いことがわかります。次の例を見て,その理由を考えてみましょう。
Her father died when Caren was two years old, and she cannot remember his
face. これまでの例と同様,訳例1は人称代名詞を辞書どおりに訳したものです。訳例2では,人称代名詞は省略するか,あるいは名前などに置き換えています。 さてどちらの方が,「よい訳」だと思いますか? 訳例1の描写は,なにか少し離れたところにいる第三者が,客観的に(「私には関係のないことですが」といった感じで)単に事実を記述しているような感じがしませんか? これに対して訳例2の方はもう少し思い入れがあって,「ある物語の最初の方で,主人公カレンの生い立ちを紹介している場面」と考えてよいような気がします。上で見たように,人称代名詞は省略した方がよい場合も多いのですが,このように名前など具体的な名詞で置き換えるとわかりやすくなる場合もあります。 もちろん,人の感覚はさまざまですから,訳例1でもまったく違和感を持たない人もいるでしょう。しかし,翻訳という作業においては,(原文と同じ世界を再現するために,あえて特別な効果を狙った場合を除いて)読者のほとんどが(できれば全員が)違和感を抱かない表現を使うべきなのです。訳す段階で,余計な雑音を入れてはいけないのです。このためには,「自分が」ではなく,「世の中の多くの人が」あるいは「読者が」文章を読んだとき,その文章をどう感じるかを想像できるようでなければなりません。 今度は具体的に,それぞれの表現を検討してみましょう。まず「彼女が2歳の時」という表現です。この「彼女」はCarenのことなのですが,後で名前が出てくるのに,「彼女が」と人称代名詞を使うことは日本語としては不自然です。ですから,一瞬「彼女」が誰のことかわかりにくい感じを抱く人もいるでしょう。日本語の人称代名詞は,既に登場した人を指すのが原則です。 「彼女」「カレン」の順序を逆にして「カレンが2歳の時,彼女のお父さんが死んだ」ならば,まだ許せる気がしますが,この場合は「彼女の」は不要で,単に「お父さんが死んだ」だけで十分です。「私の父は彼が30歳になった翌日に母と結婚した」とするよりも「私の父は30歳になった翌日に母と結婚した」などとする方が自然です。動作の主体が変わらなければ省略する方が自然なのです。「彼女の」とか「彼が」が出てくると,(少なくとも一部の読者は)「あれ? 何か妙だ」といった余分な感覚を呼び覚まされてしまいます。私たちのように翻訳に関係している者ならば「これは翻訳された文かな」と勘ぐってしまいます。 訳例1の後半の「そして彼女は彼の顔を思い出せない」は,この文だけを読んだとき「彼」がCarenの父親ではないような気がしてきます。自分の父親のことを「彼」と呼ぶのはかなり特殊なケースです。その前に父親のことを「お父さん」という言葉で参照しているので,この「彼」は父親ではなくて,前に登場した別の男性がいるのかもしれないなどと思ってしまうのです。「お父さん」と参照した人を直後で「彼」という言葉で参照するのは無理があるのです。 理屈をこねればこのようなことになるのでしょうが,要するに,普通の人が母国語で自分の文章を書くとき,そういう表現を使うかどうかをいつも考えればよいのです。「私はそうは思わない。『彼女は彼の顔を思い出せない』で何が悪いのかさっぱりわからない」という人がいたら,それは最終的には感性の問題になってしまいますが,世の多くの人はこの表現を不自然に感じます。したがって,そのような訳文を書いていては翻訳者としてはやっていけないのです。世の多くの人が不自然さを感じない文を使って書かないと,訳文としては失格なのです。 「英文和訳」の影響が大きいためか,最近では書き下ろしの小説などにも,「彼」「彼女」などの表現が頻繁に使われるようになってきたようです。これを考えると,「彼」「彼女」などを使うことにそれほど神経質にならなくてもよいのかもしれません。しかし,おそらく読者の何割かの人は「彼」「彼女」が頻繁に出てくる文章には違和感を覚えます。翻訳においては,「問題が起こる可能性があることは,避けられるならば避けておく」のが原則です。オリジナルの文章ならばそれで納得してくれる人でも,翻訳だからということで特別な目で評価される場合があるのです。この意味で翻訳は保守的な性格を持った作業だと言えます。名文を書くことのできる有能な作家の翻訳ならば,どんな単語を使ってもそれなりの意図があってのことだろうと批判はされないでしょうが,それだけのセンスや技術を身につけるまでは,「保守的な訳」,つまりできるだけ多くの人に違和感を感じさせない訳を採用しておく方がよいのです。 STEP 3 人称代名詞の置き換え ― 「自分の」「自〜の」人称代名詞について,さらに例を見てみましょう。 You must take steps now to reduce the amount of virus that reaches your
company's PCs, and you need virus-removal capabilities to protect your company
data. STEP 2の例ではher,hisなどの人称代名詞を「カレンの」「お父さんの」などと具体的な名詞(あるいは固有名詞)で置き換えましたが,この訳例2では,最初のyour companyは省略し,2つ目のyourを次のcompanyと一緒にして「自社の」と訳しています。このように所有格を「自らの」という意味で訳すと自然になる場合もあります。 to protect your dataならば「自分のデータを守るために」などと訳すと自然になる場合があります。なお,この例では,最初のyour companyも「自社の」とするとちょっとうるさいような感じがしたため,最初の方は削除してみました。ほとんどの場合これがなくても問題は起こらないと思いますが,とくに「自分のところにやってくる(ウィルス)」を強調しなければならないケースでは省略しない方がよいこともあります。 人称代名詞については,次のことを肝に銘じておきましょう。 大原則1 人称代名詞を辞書の訳語どおりに訳すことはまずない これまで見てきたように,英語の人称代名詞を辞書に載っている訳語に置き換えただけでは,よい翻訳はできません。省略する,その人称代名詞が参照する具体的なもので置き換えるなどの操作が必要です。 この大原則 — 辞書に載っている訳語をそのまま採用してはいけない — は,じつはどの単語にも当てはまると言っても過言ではありません。普通の名詞でも動詞でも,ただ単に「辞書に載っていたから」という理由で採用してはなりません。その単語が周囲の単語と結びついたときに,ある訳語がもっともふさわしいから採用する,というのでなければならないのです。結果的に,それが辞書に書いてある単語になる場合あるでしょうが,単に「辞書に載っているから」というのは訳語選択の基準としては,あまりに安易です。 訳してみましょう
A few months ago, I1) heard that a neighbor's husband was in the hospital. This happened just after his2) mother had been hospitalized and then had come home to stay with them2) for a while. I went to the freezer and pulled out a quart of homemade soup, and a couple of casseroles3) and delivered them4) to help out with the meals. I could not have done that so quickly had I not been stocked up on things and cooked ahead a bit5). (Organizing Tips by Ellen Lawson Ferlazzo CheepCooking.com -- http://www.cheapcooking.com/organizing.htm) 語句
あなたの訳
訳例2,3ヶ月前,近所のご主人が入院したと聞いた。それ以前にそのご主人のお母さんが入院して退院し,そのご主人の家にしばらく世話になりに来た直後のことだ。こんなときは食事の支度も大変だろうと思って,我が家の冷凍庫から,シチュー鍋一杯分くらい凍らせておいたホームメイドのスープやら,これまた冷凍しておいたオーブン料理やらを引っぱり出して持っていった。食材をたくわえておき,前もって調理しておかなかったら,あれほど手早く届けてはあげられなかっただろう。 解説
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