DHC-オンライン講座 英日翻訳基礎演習コース
はじめにこの「英日翻訳基礎演習コース」の目的は,皆さんに,いわゆる「英文和訳」と「翻訳」の違いをしっかりと認識していただき,第一線の翻訳者への着実な歩みを進めていただくことです。高校や大学などの授業や試験で行われる「英文和訳」の目的は,生徒が原文の構造を把握し,その文の意味を(ある程度)理解しているかどうかを見るために,教師が利用するものです。訳文が日本語として自然なものであるか,原文が表現する世界を細部まで忠実に再現するような文になっているかは,ほとんどの場合,あまり問題にされません。 これに対して「翻訳」は,読者のための作業です。翻訳された文書(書籍,マニュアル,カタログなど)を手にとってくださった人々のために行う作業です。皆さんが翻訳した小説が書店の本棚に並んだとき,書店を訪れた人が比較検討するのは,名だたる作家が日本語で書き下ろした小説なのです。パッと開いたそのページを読んだ読者が「なんだか変な日本語だな」と思ったらそれで「おしまい」です。 翻訳の究極の目標は,原文の読者に対して与えるのとまったく同じ印象を訳文の読者に対して与えるような翻訳をすることです。小説を翻訳する場合ならば,原著と同じイメージと感動を,訳書の読者の心にも引き起こせなければなりません。実務翻訳の場合ならば,原著者が伝えようとしている情報を,正確に漏らさず伝える必要があります。原文と訳文では,その文が書かれた文化的背景も読者の知識も同じではありませんから,このような翻訳は通常は不可能です。しかし,これにできるだけ近づける努力をする必要があります。単に元の言語の単語が辞書に載っている訳語に変わっているだけでは不十分なのです。 この講座では,「英文和訳」と「翻訳」の違いが比較的明確に表れる6つの事柄に焦点を絞り,それぞれをひとつのLessonとして,皆さんに実習していただきます。もちろんこの講座で取り上げることが「英文和訳」と「翻訳」の違いのすべてではありません。そして,この講座の内容を身につけさえすれば翻訳に必要な技術がすべて身につくわけでもありません。しかし,この6つのLessonを通して学ぶ翻訳に対する姿勢は,どんな種類の翻訳にも役に立つのです。 翻訳者は次の2つの事柄をいつも確認しながら訳文を作っていく必要があります。
どちらも抽象的ですから,実際の英文に対したとき,特に初心者は,どうすればこれを確認できるのか判断に困るでしょう。この講座では,具体的な例を介してこの2つを学んでいただきます。6つのLessonのそれぞれで「英文和訳」から「翻訳」に脱皮するのに必要な知識や技術を具体的に説明し,実習によって身につけていただきます。各Lessonでは,いずれも上にあげた2つのポイントを,具体的な構文や表現に合わせて適用する方法を説明しています。6つの特徴的な局面について具体例を示すことで,翻訳者が常に意識しなければならない上の2つの事柄を,どんな場面でも確認できる力をつけていただくのが,この講座の目的です。 上のポイントだけを見ると,原文の構造や意味の把握に重きを置いていないことに違和感をもつかもしれません。もちろん,原文の意味がしっかりと把握できることは大前提です。しかし一方で,日本語にしたときに,きちんと辻褄(つじつま)が合っているか,論理的に破綻していないかをチェックすることは,原文をしっかりと理解する上でもっとも大切なのです。訳文で論理が破綻しているのであれば,ほとんどの場合,原文の解釈が間違っているはずです。日本語としておかしくない,できる限り美しい文章を書こうとする努力は,原文を正しく解釈する面でもとても重要なことなのです。 この「英日翻訳基礎演習コース」は,インターネットを使った通信教育講座「DHC-オンライン講座」のトップバッターとして開講されました。私たちは,数多くの技術文献や書籍の翻訳を行うとともに,20年以上に渡って機械翻訳ソフトウェア(翻訳ソフト)を開発してきました。機械(コンピューター)が翻訳をできるようにするためには,「人間がどのようにして翻訳をするのか」「どのような訳文がよい訳なのか」がわからなければなりません。しかし,翻訳ソフトをお使いになったことのある方はご存じのように,そのすべてが明らかになる日はまだまだ遠い先のことです。 しかし,その一方,(人間)翻訳を行うと同時に機械翻訳の研究を進めてきたことにより,明らかになってきたこともあります。「コンピューターが人間の翻訳者と同等の訳を出せるようになるのにこういった知識や技術は,最低限必要だ」といったことが,少しずつですが明らかになってきたのです。翻訳者の行う作業を,機械翻訳という観点から見直すことにより,従来は単に「感じておぼえてもらう」しかなかったことを,「こういう理由があるのでこうした方がよい」「こういった場合は,こういう手順で訳すと自然な訳文が得られる」と,理由付けして,具体的な手順として説明できるようになってきたのです。 数年前から,私たちは「機械翻訳の研究によって得られた結果は,翻訳教育にも活かせるのでは。インターネットを使えば,受講生の負担も少なくできるのでは」と議論してきました。そんな所へ,翻訳の通信教育で定評のある株式会社DHC教育事業部から『英日コンピュータコース ADVANCED <情報通信>』のテキスト執筆の依頼が舞い込みました。このコースのテキストを執筆して,「翻訳教育にも活かせる」との確信を深めた私たちは,インターネットを利用した通信講座「DHC-オンライン講座」を提案し,DHC教育事業部と共同で開始することになったのです。 この講座がきっかけとなって,多くの方がすばらしい翻訳家として世に出て行かれることをお祈りいたします。
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